なぜ昇進のチャンスが来ると逃げたくなるのか
DustEcho編集部

1on1で上司が何気なく言った。「リーダー向けのポジションがあるんだけど、考えてみない?」あなたは笑ってうなずいたのに、胸の奥がビクッと縮んだ。次の瞬間、頭の中には断る理由が並んでいる。最近家の事情が忙しい、あのプロジェクトは別の人に任せたほうがいい、自分はもっと専門を深めたい……
明らかにいい話なのに、体はそれを警告と読んでいる。あなただけじゃない。ただ「逃げたい」と口にする人は少ない。なぜなら、それは恩をあだで返すように聞こえるからだ。
逃げたくなるのは、たいてい「できない」からではない
それは「自分は偽物だ」という感覚とは違う。あれは「今いる場所さえ心許ない」という感じ。一方「逃げたい」は別の話だ。あなたは実際にやれると分かっている。ただ、もっと明るい場所へ押し出されたくないだけ。
上に行くほど、見る目は増え、身を隠す場所は減る。今のあなたはちょうどいい位置にいる——よくやっているのに、じろじろ見られるほど目立ってはいない。昇進すれば、「相手は本当に俺のことは見えていないかもしれない」という余白は消える。だから逃げる。逃げるのは責任からではなく、突然浴びるその光からだ。
「見られること」を「裁かれること」だと思い込んでいる
影の中にいるのが長くなると、沈黙こそ安全だと錯覚する。名指しされなければ、ぼんやりしたり自信がなくても、誰にも知られない。
でも昇進とは、あなたを群衆から引きずり出して前へ出すものだ。怖いのは仕事そのものではない。「前に出たとき、いつもと違う自分が見えてしまったらどうする」という怖さだ。その怖さは具体的だ。昔失敗したのは片隅の小さな出来事。これから失敗したら、全场が見る大きな出来事になる。あなたが怖いのは行動することではなく、目立つところで転ぶことだ。
「小さくいること」がやがて癖になった
月日が経つうち、あなたは自分を巧みに配置するようになった。仕事は受け止めるが、脚光は浴びない。褒められたらチームのせいにする。チャンスが来れば後ろへ下がる。この構えのおかげで、遅れずに済み、かつ舞台の真ん中へも押し出されなかった。ある時期までは、それなりに役に立った。
問題は、本物の階段が現れたとき、最初の反応が「いける」ではなく「押さないで」になることだ。明るい場所での立ち方を忘れ、暗がりが一番楽だったことしか覚えていないから。逃げたい衝動は、この古い構えがあなたを守っているのだ。元の位置へ押し戻せば、また安全だと思っている。
今すぐ決めなくていい、そして自分を臆病と急いで罵らないで
「こんないい話を断るなんて、バカじゃない?」——誰かに言われるまでもなく、自分の中から湧いてくる。でもそれは役に立たない。なぜなら「怖い」をそのまま「不出来」と判決しているからだ。
少しほぐせるのは、「逃げたい」を結論ではなく、一つのメッセージとして扱うことだ。認めていい。「慌てているだけで、全然ダメなわけじゃない」。まだ返事をしなくていい。戻って「見られたくない」と「本当にできない」を分けて置くこと。二つは混ざりがちだが、別のものだ。
本当に試したいなら、いきなり大きな舞台に飛び乗る必要はない。まずは「少し見られる」小さなことから。会議で自分の考えをもう一文言う。小さいけれど存在感のある任務を受ける。体にゆっくり覚えさせよう。光はそんなに熱くないと。
その逃げたい衝動は、「あなたは上に行く資格がない」と言っているわけではないかもしれない。それより「光の中にいるのが、あまりにも久しぶりだ。もう一度慣れる時間が必要」と言っている可能性が高い。舞台が一歩前に動いたからといって、急に別の人間になったわけではない。あなたはただ、影から、灯りの下へ歩いただけだ。
DustEcho編集部が執筆・確認した自己観察と文化的探求のための文章であり、カウンセリング・医療診断・専門的助言ではありません。