水:正面から当たらず、流れて避けるあの柔らかさ
DustEcho編集部

あなたの周りに、こんな人がいるかもしれない。けんかでも相手にせず、難題でも遠回りする。あなたが焦ればゆっくり、強く出れば柔らかく。それでいて片がつく。へこんでいるのではない。心に「あなたにはぶつからない」という賢さがあるのだ。水のようだ。石が塞げば脇を流れ、正面から当たらず、止まるでもない。ただ道を変えて流れるだけ。水が語るのは、この「流れに任せる」柔らかさだ。あなたに考えがないのではない。正面の衝突は疲れるし、迂回が得だからだ。
水とは何か
五行で、水は知をつかさどり、潤し、下へ潜む。底の見えない深さだ。今日に置き換えればずるいかではない。「流れ」と一つになった気質だ。あなたは生まれつき曲がり、適応し、壁とやり合わない。一つの手が通じなければ次に一瞬で替え、空気がおかしければ端へ下がる。立場がないのではない。「まず生き残り、あとでゆっくり」という形を取るだけだ。避けることは負けではない。流されて消えることこそ負けで、だから折れずに曲がる。青山あれば薪の心配はいらぬ。
その両面
良い面は本当に柔軟なことだ。環境が変わっても順応し、人が詰まる所をすでに迂回している。多くの人が羨む賢さだ。だがもう一面も来る。迂回が上手すぎて自分を見失う。深く隠しすぎて底を忘れ、誰も何を望むかわからなくなる。ぶつかるのを避け、避けるべきでない衝突まで逃げる。ぶつからねばならないものは、迂回すればそこで待っている。いずれ高い利息で返す。
関係のなかで
関係のなかであなたは正面から当たらない人だ。相手が声を荒げれば下げ、迫れば一歩引く。付き合いやすく、空気は穏やかだ。ただ「争いたくない」を「表現しない」に変えがちだ。不満も必要も、選ばれたい心さえ隠す。他の人はあなたが平気だと思う。感情がないのではない。ぶつかるのが怖く、漂って一人で飲み込むのだ。柔らかさのなかにも杭を立てよう。迂回していいが言うべきは言い、引いていいが岸までに。自分でも見つけられない深みへ引かないよう。そうなると誰も引き上げられず、他人の影として生きる。
富について
水とお金はその一文字「活」にある。お金を留めるのが好きではない。動かすほうが、死ぬほど貯めるより大切だ。あちこち試し、一つの井戸には賭けず機会の方へ流れる。風向きがおかしければ引く。だが「流れ」のなかで散る。お金は水のようで、池がなければ干上がる。縛られるのを恐れ、老いて手ぶらになる。財布に池を掘れ。一部は流し一部は留める。水に潭があれば山も蓄えられる。
仕事の場で
あなたは生まれつきの潤滑油だ。膠着や冲突を和らげる。上司は「何にでも順応」する粘りを買い、同僚ともつかえない。難しいのは「立つ」ことだ。迂回が上手すぎて背負うべき時に背負わない。「柔軟」を「手を汚さない」に変える。良いことも回ってこず、何をしたか覚えられない。大事な決断を待たれてもまだ漂い、相手が待ちきれず迂回する。時には正面からぶつかることも学べ。通るべき関所があり、ぶつかる勇気も腕だ。水にも岸が要る。それでこそ川となり蒸発しない。
どう付き合うか
その柔らかさを失わないで。失えば硬く壊れる。ただ「避けて通る」を「方向を持って迂回」に替えよう。すべてを避ける必要はない。何が知恵で何が逃げか見極めよ。隠した感情は小さな口から出す。澱めば腐る。自分の杭を一本立てよ。いつも避ける水である必要はない。いつ迂回し、いつぶつかるかを知る流れになれ。流れに主張を持たせよ。
終わりに
水は「柔」ではない。砕かれることを拒む賢さだ。迂回して通りすぎた、あなたを引き留めようとした人にも目を向けよ。その人はぶつかりに来たのではないかもしれない。ただあなたがそこにいると確かめたかっただけだ。あなたは多くの壁を迂回する。だが長く漂って底を見失った自分へも少しの確かさを残せ。水が深いのは迂回が上手いからではない。迂回したあと潭を見つけて静かに受け止めるからだ。家のないまま風に散るようなことはするな。
現代心理学の視点
この「正面から当たらず、流れに任せて避ける」水の柔らかさは、心のなかのこんな状態に近い。
DustEcho編集部が執筆・確認した自己観察と文化的探求のための文章であり、カウンセリング・医療診断・専門的助言ではありません。