木:どうしても上へ伸びようとするその頑なな力
DustEcho編集部

あなたの周りに、こんな人がいるかもしれない。少しだけ場所を与えれば何かを育て、押さえつけるとかえって高く跳ね返る。わざと逆らっているのではない。骨の奥に、どうしても伸びようとする力があるのだ。窓辺の観葉植物を光のないほうへ向きを変えても、二日もすればこっそりと光のあるほうへ茎を戻している。石に押さえられても、隙間から曲がって顔を出す筍のようだ。木が言っているのは、おそらく人の中にある「どうしても上へ育たねば」という衝動と、育てない時に込み上げるもどかしさである。あなたは高みを求めているのではない。その場に留まること自体が耐えられないのだ。土の匂いを感じているのにコンクリートの上に押し付けられた根のように、夜通し落ち着かない。
木とは何か
五行の中で、木は発育と伸びやかさと上へ向かう力をつかさどる。春が外へと溢れ出すその勢いである。今の暮らしに置き換えれば、それは気が短いかどうか、血の気が多いかどうかではない。それは「育つ」ことと一体になった気質である。あなたは生まれつき、前へ進み、伸び、少しずつ良くなっていく自分を見る必要がある。ある日々がその場に留まっていると、体じゅうが何かおかしい。土を見つけられない根のように、夜通し眠れずに「これは無駄にしていないか」と考える。目の上に空が見える目標さえあれば、じっとしていられず、どうしても手を伸ばす。あなたは手柄を狙っているのではない。育てたはずなのに育てなかったという無駄が耐えられないのだ。あなたにとって生きている実感の多くは「育っている」ことから来る。腕を、関係を、日々を育てる。育っている限り、あなたは落ち着く。
その二面
この一面の良いところは、あなたが本当に生命力に満ちていることだ。他の人がまだ始めてよいものか迷っているうちに、あなたはもう動いている。場所がどんなに狭くても隙間から抜け出す。その強さを密かに羨む人は多い。あなたは周りに「これならできる」という勢いを与える。チームの中であなたは、真っ先に空気を温め、方向を支える人になる。あなたが前へ出るのを見て、他の人も足を踏み出す。だがもう一面もついてくる。育つことがどうしても必要なので、あなたは「少し休もう」という声が聞けない。一度決めた方向には一筋だ。人が遠回りを勧めても、あなたは右から左へ流してしまう。押さえつけられると、誰よりも激しく跳ね返る。本来なら曲がるべき時に、あなたは頑固を諦めずに進むことと混同し、壁にぶつかることを乗り越えることと混同する。曲がってしまい、痛くぶつかってから、気づく。「育てねば」を「止まってはならぬ」に変え、成長を自分との張り合いに変えていたことに。張り合えば張り合うほど疲れていく。
関係の中で
関係の中であなたは、相手を連れて一緒に前へ進む人だ。あなたは計画し、世話を焼き、二人が共に育つことを望む。最も恐れるのは、澱んだ池のように変わらず、毎日が同じであるような関係だ。あなたは勢いと希望を与える。あなたといてこそ退屈しない。ただ、あなたは「君のため」を「私のペースで育ちなさい」という形に包みやすい。伴侶が休みたがるとあなたは焦る。友人に目標がないと、あなたが代わりに慌てる。家族が現状に満足していると、あなたは惜しいと思う。それは支配ではない。あなたはただ、周りの人が留まっているのが耐えられないのだ。それは自分も引き留められ、育てなくなったような気にさせる。あなたは「私はあなたに育ってほしい」を「私はここにいる。でも、あなたはゆっくりでよい」に変えなければならない。そうして初めて、関係はあなた一人の引っ張り合いではなくなり、相手もあなたの前で縮こまることなく、最後には口を利く気も失うこともない。
富について
木と金の関係は、「育つ」という字が災いする。あなたは「私を育ててくれる」ものにお金を惜しみなく使う。講座、本、新しい道を開く機会。目を瞬きもせず、これは自分への投資だから価値があると思う。あなたは「次の波」に引かれやすく、増え、広がる先へと金を流し、死んだように貯め込むのは好かない。それで入ってくる見込みは多くなるが、飛び付きすぎて誤ると転ぶ。あなたが賭けているのは「育つだろう」であって「今価値がある」ではない。金を注いだのに芽はまだ出ず、現金のほうが先に苦しくなることもある。財布に動かぬ土を一つ残しなさい。勢いに根を張らせ、すべての金を行かせるな。静かに置いておく金を少し残せば、かえって長く育つ。一陣の風で元の場所へ吹き戻され、空しく終わることはない。
仕事場で
あなたは生まれつきの成長型の働き手だ。新しい事業、新しい技術、誰も踏み込まぬ空白。手を付けた瞬間に興奮し、零から一へということには誰よりも意欲を出す。後ろから誰かが押しているようだ。上司は「これを任せれば育つ」というその力を買い、同僚はあなたの開拓を恐れずについてくる。難しいのは「収める」ことだ。あなたは新しい場を開くのを好み、終わらせるのを嫌う。計画が形になった瞬間に次を考え、残した荒れを他人に片付けさせる。また「安定」を求める同僚と衝突しやすく、彼らを遅く、保守的、つまらないと思う。勢い付く前に根をしっかり下ろし、この一つを実るまで育ててから次を開きなさい。あなたの価値は「育てる」から「育てて残す」へと変わる。それこそ誰にも代えられず、奪えぬ場所だ。始めるだけで終わらせぬ人ではなく。
どう付き合うか
その育てる力を抑え込んではならない。抑え込めば澱み、病のように夜通し空回りする。ただ「止まってはならぬ」を「価値ある育ちを選ぶ」に変えなさい。どの方向も伸びる価値があるわけではない。本当の成長と、育ちを装う不安を見分けよ。休むよう言われた時、すぐ跳ね返るな。二つ数えて、相手が本当に阻もうとしているのか、ただあなたが転ぶのを恐れているだけかを見よ。育たぬ時を味わいなさい。休みは停止ではない。根が下へ張る時間だ。あなたは見えないだけだ。常に上へ伸び出す必要はない。だが毎度、より筋道よく育てばよい。その頑なを、方角を持った強さに鍛え、あちこちへ慌てて飛び回る弱さにせよ。飛び回れば飛び回るほど壁にぶつかる。
おわりに
木は「頑固」ではない。それはその場に留まろうとしない命の誠実さだ。上へ伸びる時、根も下へしっかり押し当てることを忘れないように。根が張れば風も倒せない。育てたものも一陣の風に連れ去られず、空しく終わることはない。この世であなたは光のある多くの方向へ手を伸ばす。だが曲がってしまい、振り返って支えねばならぬ自分へも、少しの忍びを残すべきだ。木が高く立つのは、止まらぬからではない。上へ向かいながら根を掴むことを知っているからだ。あなたも同じだ。伸び出せ、そして戻ってこそ、しっかり育つのだ。
現代心理学の視点
この「どうしても上へ伸びねば」という木の衝動は、心の次のような状態に接している。
DustEcho編集部が執筆・確認した自己観察と文化的探求のための文章であり、カウンセリング・医療診断・専門的助言ではありません。