なぜ自分の欲しいものを口にできないのか
DustEcho編集部

パートナーが「何が食べたい?」と聞けば、本当に考える前に「なんでも」と。友だちが「何か手伝えることある?」と聞けば、即座に「大丈夫、大丈夫」と。そう言ったあと、自分を見下ろして少し空っぽになる。本当にどうでもいいからでも、何もいらないからでもない。ただ「何がしたいか」という思いが浮かんだ瞬間、ぐっと押し戻してしまっただけだ。
こんなことは、あなたが思っている以上に頻繁にある。
欲求がないんじゃない、欲求を持つのが怖いだけ
これを「私は世話が焼けない」「あまり求めない方だ」と自分に説明する人が多い。そうじゃない。
「なんでも」は「何でもいい」と同じではない。「何でもいい」は本当に気にしないこと。「なんでも」は、思いが浮かいたのに、形になる前に飲み込んでしまったことだ。口に出せば相手の厄介になる気がするから。好みがないわけじゃない。早すぎるほど隠すから、自分さえ見逃してしまう。
あの辛い店がいい。週末は一人でいたい。悲しい時は理由を説明せずにそばにいてほしい。それらは別に欲張りじゃない。でも体のどこかに古いスイッチがある。「したい」と灯がつくと、それが跳ねて明かりを消す。聞くな。聞けば、あなたは面倒な人になる。
そのスイッチは早くに取り付けられた
それは何もないところから生えたわけじゃない。たいてい、ずっと昔にいた環境から来る。そこでは「欲求を持つ」ことに代償が伴った。
子どもの頃、何かを求めると「どうしていつも満足できないんだ」とか「他の子はこんなにわがままじゃない」と言われたかもしれない。抱っこをせがんで泣けば、抱擁ではなく「そうやってると誰もあなたを好きにならないよ」と言われたかもしれない。大人たちはその冷たさや溜め息で、あなたの欲求は他人の厄介だと教えた。だからあなたはずっと早く、欲求を小さく折りたたみ、ポケットの奥にしまい、見つからないよう上に石を載せることを覚えた。
それを何度も繰り返すと、体はそれを初期設定にする。何年も経って、時間を惜しまぬ相手の前でも、大切な関係の中でも、体は「これは言っていい」と読めない。「口に出す=厄介者、早く飲み込め」だけを読む。
それは頭より早い。脳が「本当は、言っても彼は気にしないだろう」と考える前に、口はもう「なんでも」と言っている。
あなたの言う「自立」は、溶接で塞いだ扉だ
一番ややこしいのはここだ。あなたはずっと、他人に迷惑をかけないことが大人っぽさで、気が利いていて、押し付けがましくないことだと思ってきた。聞こえは良い。
でもそれは人を遠ざける。
本当の関係とは、互いに迷惑をかけ合えるものだ。私がご飯を買ってきて、あなたが荷物を受け取る。その小さな行き来こそが繋がりだ。ところがあなたは入り口のない家になった。外見はきちんと、自給自足、誰も入ってこられず、あなたも出かけていかない。近づこうとする人が触れるのはただの壁で、やがてノックもしなくなる。
あなたは「厄介者」の気まずさを逃れた代わりに、受け止めてもらう機会も逃した。
もっと狡猾な層もある。口に出す練習をあまりにもしてこなかったから、自分の欲求さえろくに聞こえない。「なんでも」を言いすぎると、本当に何が好きだったか忘れる。好みがないんじゃない。そのメニューを何度もパタンと閉じたから、あなた自身も何が書いてあったか覚えていないだけだ。
いちばん小さな隙間から始めればいい
それが分かっても、無理に「要求する人」になる必要はない。それはきつすぎるし、反発のために反発して、かえって関係を疲れさせる。
小さな実験をしてみよう。次に「何が食べたい?/何が必要?」と聞かれたら、すぐ「なんでも」と言わない。せめて二秒止めて、ポケットからいちばん小さなものを一本抜く。「今日は辛いものがいい」「今週は一人の夜がいい」。それだけ。説明も謝りもせず、「でもどっちでもいいよ、あなた次第」とも付け加えない。
空は落ちないと分かるはずだ。相手はたぶんただ頷く。むしろ少し嬉しそうかもしれない。あなたにも意見があるんだ、なら当てずっぽうしなくて済むと。
あなたの小さな欲求を受け止めてくれる人は、あなたが必死に厄介にならないよう避けてきた人たちより、ずっとそのポケットをゆっくり開けるに値する。石を一度にどかす必要はない。その隙間からちょっと光が漏れるだけでいい。ゆっくりと、あなたが本当は何を望んでいたか、また聞こえてくるはずだ。
DustEcho編集部が執筆・確認した自己観察と文化的探求のための文章であり、カウンセリング・医療診断・専門的助言ではありません。