天同:衝突を恐れるあの柔らかさ
DustEcho編集部

けんかをしても、けんかにならぬ人がいる。笑ってすべて受け取り、ひと瞬きで水に流す。あなたが半死に怒っても、彼は水一杯を差し出して「怒らないで」と言う。友だちのあいだにわだかまりができても、彼はいちばんに「もういいよ、なんでも」と言う。天同が語るのは、この「平和」を本能にまで活きた質だ。
これは「福」の運命づての言いぶんでも、「怠けて何もせぬ」のレッテルでもない。今のことばに訳せば、天同は対立を避け、安らぎに寄る本能に近い。争えぬ時は争わず、従える時は従う。日々が平らかで穏やかなのが一番心地よい。
この質はどんな姿をしているか
天同の強い人は、関係のなかの「緩衝器」だ。もつれがあれば、彼は先に譲る。食い違いがあれば、彼は先に笑う。考えがないのではない。「こんな小さな事で険悪になるのは値しない」と思うからだ。彼は柔らかな敷布のようで、誰がぶつかっても力を抜かれる。
彼の気持ちよさは、本当の緩みだ。行き止まりにこだわらず、勘定をせず、今日の不快は明日には忘れる。天同と居れば、張り詰めた感に追われることは稀だ。だがあまりに力を抜くのが上手だから、真剣に受け止めるべき事も、一緒に抜かれてしまう。自分の望みすら含めて。
二面
天同の良さは、付き合いやすさと包容だ。勘定をせず、恨みを抱かず、友だちの輪の「安全な家」だ。彼の素直さは装いではなく、心から「もういいよ、なんでも」と思っている。チームのなかで「彼が居れば揉めぬ」という顔は、たいてい天同だ。
天同の柔らかさは、また事を誤る。対立を恐れすぎて、自分の事まで譲る。争うべきを争わず、言うべきを言わず、もやもやを胸に溜め込む。また「その場しのぎ」が「動くのが面倒」に滑る。なんでもいいなら、寝転がっていようか。日は平らだが、願いは浅瀬に乗り上げる。彼は平和に勝ち、しかしひそかに、本当に望んだものを失う。
関係のなかで
親しい関係のなかで、天同は「いつも騒がぬ者」になりやすい。相手の怒りを受け止め、相手が決めようとすれば「あなたに従う」と言う。表面は平和だが、その下には、自分の望みを隠している。
彼に一番難しいのは、「いいえ」と言うことだ。断れば空気が冷え、人を傷つけると恐れて、すべて引き受け、疲れるのは己だ。関係のなかの天同が練るべきは、平和は境界のないに等しくないということだ。「私も駄目でいい」と口に出せば、関係はかえって本物になる。相手の求めるのは、血の通った人であり、いつまでもふわふわの敷布ではない。
富について
天同は金にきつくなく、気ままに使い、得と失を気にしない。金で浮かれず、また「出すべきか」で悩まぬ。この点では、多くの人より軽い。
だが気をつけよ。あまりに「なんでも」では、うっかり金を使い、取るべきを逃す。また「勘定をせぬ」を「計画をせぬ」にするな。安らぎは良いが、全く寝転がっては、日々がひそかに滑り落ちる。天同が富で要るのは、「緩み」のなかに一つ「主意」を残すことだ。金の事では、時おり己のために一度こだわれ。人のためでなく、あなたの望む暮らしのためだ。
職場で
職場の天同は「潤滑剤」だ。手柄を奪わず、敵を作らず、頼まれれば誰にでも応じる。チームの和には彼の分がある。
彼の難所は、おとなしすぎて雑用を押し付けられやすいことだ。争わず奪わず、好機はよく回ってこぬ。天同が学ぶべきは、「なんでも」のほかに、「これは私が欲しい」も持つことだ。平和は野心のなさではなく、爆発せぬかたちで手にする別の道だ。刺にならずとも、あなたにも届けたい場所があると、人に見せねばならぬ。
どう付き合うか
あなたが天同なら、まず受け入れよ。平和を愛するのは間違いでないが、「もういい」で「私が欲しい」を覆うな。小さな所で「いいえ」を言う稽古をせよ。「この食事は辛くない」から始め、次第に「この事には私の考えがある」へ。
また「本当になんでもいい」と「争うのが面倒」を分けよ。前者は緩み、後者は己を置き去りにする。本当の緩みは「私は譲るを選んだ」であって、「欲しきを敢えず」ではない。この二つの重みは、大いに違う。
あなたのそばに天同がいるなら、彼の良い気性を苛めなかれ。笑って受けても、感じぬにあらず。時おり一句、「本当になんでもいいのか、それとも私に譲っているのか」と問え。その一句が、彼に本当のことを言う勇を与える。彼の柔らかさは、あなたに丁寧に受け止められるに値する。手荒に押し付けられてはならぬ。
最後に
天同は「楽に暮らす命」でも、「意見なき者」でもない。単に一種の人を指す。あなたは平和を世に与えた。世もまた、あなたに少しを返すべきだ。いいえと言うことを許し、望みを持つことを許して。柔らかさは弱みではない。ただ、自分を無くすほど柔らかくなるな。あなたはあれほど人を楽にする。あなたにも、時おり不快に「私は駄目だ」と言わせてくれる者がいてよい。
現代心理の視点
天同の「対立を恐れ、望みを隠す」は、愛想よくすることや対立回避と繋がる。次の篇と対照できる。
- なぜ私はいつも他人の世話を焼くのに、誰も私の世話を焼かないのか——天同もまた、いちばんに他人を受け止める者だが、己は空のままだ。
- なぜ私は他人に頼ることを敢えないのか——対立を恐れる者は、借りることも、寄ることも恐れる。関係のなかでいつも己が背負う。
- なぜ私は本当のことを言いたい時に冗談を言うのか——天同は笑いと冗談をよく使い、本当に言いたい事を逸らす。
DustEcho編集部が執筆・確認した自己観察と文化的探求のための文章であり、カウンセリング・医療診断・専門的助言ではありません。