廉貞:値うちがあるかどうかにことのほかこだわるあの執着
DustEcho編集部

感情に臨むとき、自らに一道の敷居を設ける人がいる。わざと好みを突くのではなく、生来「この事が自分に値うちがあるか」にことのほか敏感だ。近づきたいと願うのは明らかなのに、相手がおざなりだと感じたとたん、あるいはこの関係のなかで自分が不当に扱われたと感じたとたん、あの執着が湧く。むしろなくてよい、添わずにはいられぬ。
命理のなかの廉貞が語るのは、桃花でも囚でもない。感情と美感に潔癖な、そういう質だ。好きは真面目に好き、嫌いもはっきり嫌い。値うちがあるかどうかにことのほかこだわり、己が認めた事には頑なな基準を持つ。
その二面
一面は清らかさだ。廉貞の強い人は、欲するものをよく見通し、易々と妥協せず、己の好みを易々と裏切らぬ。好きなものは大切にし、好かぬものは決して強いぬ。この清らかさが、乱れた関係や選びのなかで、いつでも己の言う通る一区画を残す。
もう一面は疲れだ。基準が高すぎて、よく「足りぬならむしろ要らぬ」の隙に己を挟む。取りこぼしも、内なる消耗も、すべて独りで背負い、あまり語らぬ。妥協したくないのではなく、妥協その事が彼を全身不快にする。一旦口を緩めれば、己さえ己を見下すようで。
関係のなかで
関係のなかで、廉貞は一度認めれば全心を注ぐが、軽んじられたと感じたとたん、すぐに冷める者だ。彼は「まあよいか」が下手だ。近い者には、いい加減な付き合いではなく、改まった思いやりを与える。
だから彼と居るには、おざなりになるな。彼の求めるは多くないが、求めるは「あなたが本当か」だ。真心の一句が、美辞十句より利く。彼が一番恐れるは、けんかではなく、「あなたは居ても気にせぬ」というおざなりだ。それは決裂より彼を寒くする。彼の求める改まった思いやりは、実は軽い。この関係のために、すこしだけ真面目でいてくれることだ。
富について
富について、廉貞は浪費でも倹約でもなく、金を「値うち」と強く結ぶ。どんなに高くても、本当に動かせば、惜しみなく出す。どんなに安くても、柄に合わねば、触れもしない。
彼の使うは値段ではなく、心だ。好きな人や好きな事のためには、大方になれる。付き合いや面目のためには、一文でも余分だ。ただ時おり己に言い聞かせよ。値うちにことのほかこだわると、あの「今は派手でなく、久しけて良さが分かる」ものも逃す。値うちあるものは、すべて一目で見えるとは限らぬ。
職場で
職場の廉貞は、己が認めた仕事に潔癖な真面目さを持つ。差し出すものは、己の関を通らねばならぬ。肩書にはさほど執着せぬが、「この事で己に恥じぬか」にはことのほか執着する。
だから認めぬ指示に出くわせば、あくまでこだわるか、ひそかに身を引く。彼は管理を肯かぬのではなく、心に反するを肯かぬ。廉貞と働くには、一つ「この事は私が認める」という場を与えよ。彼は予想を超えるものを差し出す。心に反する事を強いれば、汚れた手は嫌で、むしろ去るを選ぶ。
どう付き合うか
己の廉貞と付き合うには、まず認めよ。あなたの基準は欠点ではなく、暮らしを真面目に受けるやり方だ。
ただ「欠くとも添わず」を「何もかも欠く」にするな。小さな事で時おり添わせ、そのこだわりを、本当に大切な人と事に取っておけ。好きなものに値するのに、至るところ完璧でなくてよい。選ぶは眼力だ。小さな事で口を緩めるは、己を基準の牢から、ひととき放つことだ。
最後に
廉貞が一番恐れるは、巡り合わぬことではなく、「己に恥じぬ」を「決して頭を下げぬ」と解くことだ。実はあの潔癖は、あなたの好きを守るためのもので、すべての人を突き放すためのものではない。あなたは真面目に扱われるに値し、また時おり、あまり完璧でない人や事に、その戸を少し緩めるに値する。
現代心理の視点
心理学のなかで、この「高い基準と、情感の潔癖」は、完璧主義や、関係への選り好みのある投入とよく繋がる。「いつも正しい決めを恐れる」と同源だ。どちらも己が不当に扱われるを恐れる。また「己に少し良くすることを許さぬ」とも通じる。廉貞は「柄に合う」もののために金を惜しまぬが、己に優しくすることを惜しむことがよくある。
もしあなたもいつも「妥協」と「むしろ要らぬ」のあいだで引っ張られているなら、次の篇があなたを汲み取ってくれるかもしれぬ。
DustEcho編集部が執筆・確認した自己観察と文化的探求のための文章であり、カウンセリング・医療診断・専門的助言ではありません。