貪狼:なんでも触れてみたいあの好奇心
DustEcho編集部

店に入って五分で、欲しいものを十個見つけてくる人がいる。一曲聞いて、糸をたどって半分の再生リストまで行き着く人がいる。それは貪りではない。世界が、彼にとってはあちこちで「やってみろ」と光っているからだ。新しいものには触らずにはいられず、行ったことのない店は探り、見知らぬ人の話でさえ聞いてみたい。
命理のなかの貪狼が語るのは、欲望の蔑みではない。なんでも一口食べてみたい生命力だ。好奇心、外向、魅力。猫のようで、新しいものに本能的に爪を伸ばす。
その二面
一面は生々しさ。貪狼の強い人は、関心が広く、友だちが多く、暮らしへのその渇きは人がうらやむ。彼と話す楽しみは、いつも新しいことがあることだ。彼は歩く調味料瓶のようで、どこへ行ってもそこを賑やかにする。
もう一面は散らかりやすさ。あれもこれも触りたいから、よくどれも浅く味わうだけで、一つの場所で深く掘るのが難しい。新しいものに引かれやすく、古い好きも冷める。賑やかではあるが、振り返って数えると、本物をほとんど残していないようだ。彼の世界は広いが、深さが足りない。満ち潮を続ける海のようで、波が来ては引き、砂浜に何も残らない。
関係のなかで
関係のなかで、貪狼は面白く、からかえ、人が近づきたくなる人だ。彼がくれる関係の体験は豊かだが、不安にもさせやすい。誰に対も好奇心を抱き、誰に対も熱いようだからだ。
彼が学ぶべきは、好奇心が流されることと同じではない、熱意にも重みが持てるということだ。大切にする人には、その貪りを「あなたのこと、もっと知りたいだけなんだ」に収めよう。それは「私は誰に対もこうなんだ」よりずっと心を動かす。新しさは褪せるが、「ずっとあなたに好奇心を持ち続けたい」ということは、人と遠くまで歩める。
お金について
富について、貪狼は「欲り、さまざまを集める」型だ。一つの収入に縛られず、違う稼ぎ方を試そうとし、新しい体験のためには惜しみなく使う。
だが気をつけること。何でも欲しがると、一番守るべき一つをつかめなくなる。彼の財が少ないのではない、流れるのが速すぎるのだ。入ってきても、漏れるのも早い。貪狼が富について学ぶべきは、百の浅い穴を掘るのではなく、一つの深い井戸を残すことだ。新しさは追うに値するが、ずっと下へ掘っていける場所が、どうしても一つはいなければならない。
職場のなかで
職場のなかで、貪狼は新しいことを機会に変える人だ。新しい道具、新しい方向、新しい人づきあい、彼は素早く飛びつき、チームの「道案内役」だ。
ただ、その貪りを一、二本の主軸に落とさなければならない。そうでないと、毎年新しい穴を開けては埋めきれず、賑やかなだけで根が浅い。道案内はいい、だが自分の守る山もいなければならない。多くの畑に種をまいていいが、きちんと水をやり、育つを待つ畝は、一つでなければならない。
どう付き合うか
自分の貪狼と付き合うには、まずその渇きを肯定すること。それはあなたがまだ生きている証で、多くの人がとっくになくしたものだ。
ただ、好奇心に順番をつけること。深く愛する一、二つを残し、あとは通りすがりにする。貪りは欠点ではない、散ることこそが欠点だ。爪を伸ばしていい、だが一番好きなものをしっかり抱くことも覚える。世界は広いが、どこにでも足跡を残す必要はない。深い足跡をいくつか残せば、それで足りる。
最後に
貪狼にもっとも魅せるものは、目のなかの光がいつも新しいことだ。あなたは「何でも試したい」を「何も残せなかった」にしないように。あなたが手を伸ばして世界に触れ、世界も手を伸ばしてあなたに触れる。本当に好きなものをいくつか選んで、しっかり握ることだ。貪りは欲張りではない、この世の良さに執着することだ。それそのものが、値する。
現代心理の視点
この「多くの欲に加え、好奇心の駆動」は、新しさを求めることや、広い関心という性質と関係がある。それは「いつも準備しているのに始めない」と同源だ。貪狼の散らかりは、しばしば準備が果てしない試しになり、いつも戸口でうかがい、中に入らないことだ。また「たくさん知っているのにうまく生きられない」ともつながる。知ることは多く、地に着くことは少なく、賑やかさは表面にとどまる。
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